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青木 博さん(かや山の家支配人、与謝野町移住・定住アンバサダー) 

日本中で考えると、他にもたくさんの市町がある中で、なぜ「与謝野町」に移住しようと思われたのでしょうか?また移住された時期はいつですか?

私は出身が与謝野町なのでUターンになります。
高校卒業後、大阪市内で就職し12年間暮らしました。戻ってきたのは30歳の時で2014年だったと思います。第一子が生まれるタイミングだったので、子育ての環境を考えての移住でした。当時は(今も、かもしれませんが)都市部での保育園不足などが問題になっていました。両親が健在で子育てをサポートしてもらえるのも心強かったです。
また自分の就いていた飲食業の部分でも、高い家賃を払いながら細分化・専門化されていく都市部での業界の中で続けていく事に自信がありませんでした。

移住してみて、良かった点は何でしょうか?

夏は暑いけど朝夕は涼しかったり、山や水田の景色の移り変わりで四季を感じたり、夜はしっかりと暗かったり、自然の中で生活できるところ。2人の子供を自然の中で育てられるところです。

移住してみて、困っている点、不安な点は何でしょうか?

いまのところは特にないですが、Uターン直後は12年間離れていたので地域のコミュニティに溶け込むのに戸惑いました。幸い職場が実家の近くなので、お客様と従業員として、また色々な会の構成員として徐々にお互い認知できたのだと思います。

移住する前と現在とで、ご自身の中で「与謝野町」に対してイメージが変わった、認識が変わった点などはありますか?

移住前、UターンのUの部分は加悦町でしたが、帰って来たら合併して与謝野町になっていました(補足:与謝野町は、2006年の「平成の大合併」により旧加悦町・旧野田川町・旧岩滝町の3町が合併して誕生)。海のない山間の町から海のある町になっていました。
Uターン当初は旧野田川町の地域はまだしも旧岩滝町地域は隣町というイメージもありましたが、それも徐々に色々な関係性の中で統合されました。今は与謝野町在住という認識はしっかりとあります。

正直、出身地という以外は天橋立や伊根の舟屋と比べて特筆するもののない町というイメージでしたが、今は色々な志の高い方がたくさんいる完成されてない故の可能性がたくさんある町というイメージです。

その他

前の項でも書きましたが、まだ未完成で一言で表現できるようなカラーに染まっていないという町に、可能性と住みやすさを感じます。
これからも試行錯誤しながら未完成で住みやすい町であればと思います。

 

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