カテゴリー: 与謝野町

【与謝野町】与謝野町への体験教育旅行の経費を補助します

※新型コロナウイルスの感染状況によって、変更等が生じる場合があります。

与謝野町では、交流人口及び関係人口の拡大、町内宿泊施設及び体験施設の利用促進のため、体験教育旅行を行う町外の学校に対して、予算の範囲内で補助金の交付を行います。

<対象者>
町外に所在する学校
(学校教育法(昭和22年法律第26号)第1条に規定する学校(幼稚園及び大学を除く))

<対象事業>
町内で町民と交流する体験教育旅行(学校行事の一環として行われる宿泊及び体験を伴う研修その他教育のための活動)で、次の各号のいずれかに該当するもの
(宿泊)
町内の宿泊施設(旅館業法(昭和23年法律第138号)の規定による旅館業を行うための施設及び住宅宿泊事業法(平成29年法律第65号)による届出をした施設)での宿泊数が1泊以上であり、かつ、宿泊者数が8人以上であること。
(体験)
町内の事業者が運営する町内の有料の施設(ものづくり、見学、観覧その他実体験を通したサービス(食事及び買物を除く。)を提供するのものに限る。)を利用し、その利用者数が8人以上であること。

※ただし、次の各号のいずれかに該当するものは、補助の対象としない。
(1) 他の同種の補助金等の交付を受けている体験教育旅行
(2) 政治的活動を目的とする体験教育旅行
(3) 宗教的活動を目的とする体験教育旅行
(4) 営利を目的とする体験教育旅行
(5) その他町長が適当でないと認める体験教育旅行

<交付額>
補助対象経費:宿泊費(宿泊に伴い供される食事の費用を含む)、体験費、貸切バス代
補助金額:補助対象経費の2分の1以内
補助限度額:
(宿  泊)1人1泊当たり3,000円、かつ、1事業当たり30万円を限度とする。
(体  験)1人1体験当たり500円、かつ、1事業当たり5万円を限度とする。
(貸切バス)1回の体験教育旅行につき10万円(体験のみの場合は5万円)を限度とする。
 
備考:学校関係者(教職員ならびに児童、生徒及びこれらの介助者)に要する経費に限る。

<交付申請>
事業開始予定日の7日前までに与謝野町体験教育旅行誘致事業補助金交付申請書(様式第1号)に次に掲げる書類を添えて提出してください。
(1) 体験教育旅行計画書
(2) 収支予算書
(3) 参加者名簿
(4) その他町長が必要と認める書類

<申込・問合せ先>
詳しくは与謝野町ホームページをご覧ください。
https://www.town.yosano.lg.jp/culture/friendship/domestic-exchange/entry_55/index.html

与謝野町観光交流課
電話:0772-43-9016(直通)
メール:kankokoryu@town.yosano.lg.jp

【京都北部7市町】海の京都のヒト・食・自然 ”プチハッピー”をシェアする文章講座

海の京都のヒト・食・自然

”プチハッピー”をシェアする文章講座

 

日時/場所:11月7日(日)  14:00~15:30 cafe&bar FLAT+(舞鶴市)

        11月14日(日)   14:00~15:30 あやべピースビル(綾部市)

       11月21日(日)   14:00~15:30  かや山の家(与謝野町)       

対象:綾部市、伊根町、京丹後市、福知山市、舞鶴市、宮津市、与謝野町のいずれかにお住まいの方

受講料:無料

お申し込みはこちらから
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日常のちょっとした幸せを再発見し、大切なヒトたちと共有する文章講座に参加してみませんか。対象は海の京都(京都北部7市町)にお住まいのみなさんです!

コロナ禍により、ヒトとの交流がめっきり減ってしまい、孤独や不安を感じることが多い昨今。身の回りの”小さな幸せ”を再確認し広めることで、キュッとなった気持ちを朗らかにしませんか。優しいヒトに豊富な食、四季折々さまざまな情景とアクティビティに出合える、大自然に恵まれた京都北部は、まさに”プチハッピー”の宝庫といえる場所。”大切なあのヒト”や”伝えたいあのヒト”の顔を思い浮かべながら、十人十色の幸せの形を文にしたためて、どんどん循環させましょう!

こんな方にぴったり!

・”日常のちょっとした出来事”を自分の言葉で上手に発信したい方
・京都北部の地域が好きで自慢したい方
・ライター活動を通じて地域と繋がりたい方

日程・内容

海の京都のヒト・食・自然をテーマとして、本格的な取材やライティング技術を学びます。講座内ではインタビューやアイデアの創出方法、記事構成や執筆の仕方、校閲・校正を習得。最終課題となる記事はnoteで公開します!毎回、原稿を提出し、講師による1on1の赤字添削を実施。参加者のみなさんが感じる海の京都のちょっとした幸せを、楽しみながら発信していきましょう!

 

具体的な内容は下記の通りです。

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京都北部7市町オンライン合同企業説明会を開催します(産業部会)

京都府北部地域の企業・事業所90社が参加する「合同企業説明会」をオンライン形式(Zoom)で開催します。
ぜひご参加ください!!

1.開催日程:6月24日(木)、25日(金)、28日(月)、29日(火)
       10:00~15:55(全日程共通)
       ※各日程45社程度  ※1社当たり所要時間25分(企業説明15

分・質疑応答10分)
2.対  象:2022年3月以降大学等卒業予定者(2023年3月以降卒業予定者の方も参加可)・未就職卒業者、UIJターン希望者、一般求職者 等
3.内  容:Zoomを活用したオンラインでの合同企業説明会です。

出展企業の詳細・エントリー方法については、下記のチラシをご覧ください。

好地 史さん(地域おこし協力隊OB)

日本中で考えると、他にもたくさんの市町がある中で、なぜ「与謝野町」に移住しようと思われたのでしょうか?また移住された時期はいつ?

2017年の8月に与謝野町へ移住しました。与謝野町を選んだ理由は与謝野町地域おこし協力隊の募集要項に興味を持ったからです。

当時、与謝野町地域おこし協力隊のホップ生産協力隊員を募集しており、ホップ栽培だけでなくビール造りにも携わる事ができるんじゃないかと思い募集し採用され移住しました。

移住してみて、良かった点は何でしょうか?

いろんな方とたくさん知り合えた事が良かったです。

移住してみて、困っている点、不安な点は何でしょうか?

特にありません。

移住する前と現在とで、ご自身の中で「与謝野町」に対してイメージが変わった、認識が変わった点などはありますか?

移住前から与謝野町の事は知らなかったので、特にイメージが変わったことなどはありません。

その他

たくさんの方から励まされ応援してくださって、特に不自由なく移住生活を送っています。これも移住してから出会った方々の支えがあったからです。

これからも、引き続き応援してもらえたら嬉しいです。

 

江種 里榮子さん(エグカフェ/与謝野地域おこし協力隊OG)

日本中で考えると、他にもたくさんの市町がある中で、なぜ「与謝野町」に移住しようと思われたのでしょうか?また移住された時期はいつ?

ご縁に導かれて、と申しましょうか。

転職サイトを通じて、お仕事探しをしていた時に「与謝野町」の存在を知りました。地域おこし協力隊という仕事の面接で初めて与謝野町を訪れ、面接を受けてからあれよあれよと話が進み、移住することになりました。当時「与謝野町」がワクワクをつくることに取り組まれようとしているように感じ、つくりあげていくことに一緒に携わりたいと思いました。

転職の時期は、翌年の春(4月)からを考えていたのですが、8月に面接を受けて、10月から来てほしいというお話で、(前職の有給休暇の消化に指をくわえながら)2015年の秋に移住して来ました。

面接をしてくださった役場の方や観光協会の方のワクワクをつくりましょうという気持ちと、与謝野町で開催されていた町主催の講座に参加させて頂いた時、参加者の方からの質問に与謝野町長が真摯に向き合われていたのが印象的でした。その講座が、自分が取り組んでいきたいデザインのお話で、町としてクリエティブディレクターを迎えてどういう風にデザインに取り組んでいかれるのか興味深かったのと、自分も学びたい思いがありました。

移住してみて、良かった点は何でしょうか?

与謝野町というくくりのみならず、近隣市町(京丹後市・伊根町・宮津市・舞鶴市・福知山市・綾部市など)を含めて「丹後」という視野で見ることができ、町を超えて人とつながりやすいところが良かったです。

何かをしようという思いを応援する気持ちが、町を超えて存在しているのは丹後の強みじゃないでしょうか。

また、役場の方が四角四面にビシビシした感じではなく、親しみをもって話ができるところ。

あと、花粉の季節に、症状が強く出ないことは意外で良かった点です。(風がよく吹き抜けているので、空気が淀みにくいのではないでしょうか。)

移住してみて、困っている点、不安な点は何でしょうか?

  • 身近な生活圏内で心安らげる隙間の場所がなかなかない(公の場所や道路沿いに木々が広がっていない。広葉樹に出会う機会が少ない)。
  • 蛇口をひねって出てくる水が、京都市内以上に薬臭く感じる。ミネラル成分という話だが(山の水ではそうならない)、湯沸かしポットや浴槽、トイレなどがガビガビになる。手荒れを起こしている友人もいる。
  • 水道光熱費が高い(特にLPガス)。
  • 図書館の人に必然的に顔を覚えられるので、気ままに本が借りにくい。読みたい本は取り寄せができるけれど、市内からの取り寄せでは長く借りられない。
  • 車で、居場所が把握されてしまう。
  • 挨拶がわりに、どこに住んでいるか(おおよその場所ではなく、もっと詳しく)と年齢を聞かれることがあること。
  • 黄砂が多い。
  • 車が運転できなくなった時の移動・運搬手段は、不安。
  • ゴミ出し分別がやたらに厳しいけれど、粗大ゴミの処理の様子を見て愕然と不安。
  • 適切なリサイクルと、ゴミ処理の「燃える」標準が上がってほしい。

移住する前と現在とで、ご自身の中で「与謝野町」に対してイメージが変わった、認識が変わった点などはありますか?

思っていた以上に海が近く、山も近い(大江山連峰はなだらかで登山初心者にも優しい)。

方言は柔らかいようでいて、温和で全ての人がおおらかという訳でもない。(けれども、温かい優しさに触れることは多々あります。)

閉鎖的なイメージはなかったが、そういった思考に囚われているところもある。

その他

誰かがどうにかしてくれるという期待さえ持たなければ、やり方や事の持って行き方に知恵を絞り、学ぶことができます。暮らしを良くするために知恵や力を貸してくれる方もいるし、一緒に良くする方向へ向き合う人にも出会えます。しっかり自分で骨を折る必要はあると思いますが、暮らすということ、仕事をするということを見つめ直せる場所だと思います。

ボーマン デーロさん・純子さん夫妻

日本中で考えると、他にも「町」はたくさんある中で、なぜ与謝野町に移住しようと思われたのでしょうか?

主人はカナダ人、私は京都市の出身で、結婚後神戸市で暮らすようになりました。その後、主人が病気をして、田舎暮らしを考えるようになり、最初は交通アクセスも考え他市町も考えましたが、気に入る家はあっても駅が遠かったり、田んぼが付いてくるという条件があったりで希望と合わず・・・
与謝野町に来た時に泊まった宿泊施設が気に入り、その後現在の住まいのご近所の方とご縁があったりで、当時空き家だった家を紹介いただき、何度かのお試し暮らしを経て現在はそこを買いリフォームして暮らしています。

移住してみて、良かった点は何でしょうか?

自然が多いこと。ご近所の方に野菜をいただいたりもします。

主人はそこまで日本語が流暢という訳ではないので、こちらで知り合った人が英語の話せる人で主人にとっても良かったことと、その人も移住者だったので共通点があり良かったです。

現在の住居はもともと空き家として町に空き家登録がされていたため、購入後リフォームする際に町から移住者向けの改修補助が受けられたこともよかったです。

地域のイベントで与謝野町で移住定住にかかわっておられる方と知り合い、その方からも情報を得たりしています。

移住してみて、困っている点、不安な点は何でしょうか?

都市部に比べるとゴミの分別が細かかったり、地域にもよりますが保守的な雰囲気が残っているところはあります。

仕事がない(限られる)こと。コロナの影響もあり、どうやって生活しようかとなったとき、どうしても貯金を使うことになるので。

移住する前と現在とで、ご自身の中で与謝野町に対してイメージが変わった、認識が変わった点などはありますか?

だいたい想像していたとおりでしたが、こちらでは当たり前の習慣も自分たちには初めてのため、戸惑ったこともありました。

Sさん

日本中で考えると、他にも「町」はたくさんある中で、なぜ与謝野町に移住しようと思われたのでしょうか?

高校入学時あたりより、仕事として農業に携わりたく、また都市部より田舎のほうが農地や農業系の就職先などがあるのではないかと考え、両親の実家がある与謝野町に移住した。

移住してみて、良かった点は何でしょうか?

現在、農業系の仕事に携われている点、海に近く趣味のドライブや釣りに行きやすい。

移住してみて、困っている点、不安な点は何でしょうか?

仕事の関係上、土日祝日の休みがなく、各種イベントへの参加ができないこと。仕事以外での知り合いができない。交通手段がほぼ車。

移住する前と現在とで、ご自身の中で与謝野町に対してイメージが変わった、認識が変わった点などはありますか?

以前に就農相談に行ったが、親身ではなかったので農業にはあまり力を入れていないと感じた(農地に空きがないとのこと)。今は隣の宮津市にあるワイナリーへ就職している。

Sさん

日本中で考えると、他にもたくさんの市町がある中で、なぜ「与謝野町」に移住しようと思われたのでしょうか?

出身地だったこと、両親が健在だったことが大きいです。
田舎あるある(?)で、大学進学を機に都市部へ出てそのまま就職しました。兄弟がいますがそれぞれ都市部で住居を構えたり、実家へ戻るつもりはなさそうだったり、将来的に実家やお墓がどうなるのか気にはなっていました。
骨をうずめよう!までは決心できていないので、もしかすると今後の人生によってはまた都市部へ出ていくこともあるのかもしれませんが・・1度きりの人生の中で何十年ぶりに再び地元に戻って生活するのも今しかできないことですし、たまたま縁があったこともあり、おもしろいのではと思いUターンを決めました。

移住してみて、良かった点は何でしょうか?

自然を感じながら、豊かな食に恵まれ、暮らせることです。
視界を遮るものが少ないので、何気なく夜空を見上げたときに「久しぶりに星をみたな」と星が輝いているという当然のことに気づかされてはっとしたことがあります。

今は高速道路も伸びアクセスもよくなり、直通の高速バスもあるので都市部にも割と気軽に遊びに行けます。
また、今はインターネット社会になったので、都市部を離れても珍しい買い物や情報収集などそれまで通りにできていると感じます。

移住してみて、困っている点、不安な点は何でしょうか?

車が必須なことでしょうか。免許はとったものの、ほぼペーパードライバーだったため最初はすごく不安でした。
また降雪時や夜など、運転したくないときでも運転せざるを得ません。もちろん都市部と比べると交通量は少ないので、余裕を持って運転すればなんとかなるのですが、細い道も多いし今も不安は不安です。
以前は数分おきに電車・バスがくる生活を送っていたので、わかってはいたものの不便を感じることがあります。

また、ゴミの分別が細かいので、正直わずらわしいです。

ちなみに、私がUターンを決めたとき一番困ったのは住む家がなかったことでした。
春先だったので時期もあるのかもしれませんが、ファミリー向けの広い間取りのものや一軒家しか見つからず・・
田舎とはいえ、極端に家賃が安いということはありませんし、特に単身の方は注意が必要かもしれません。

移住する前と現在とで、ご自身の中で「与謝野町」に対してイメージが変わった、認識が変わった点などはありますか?

まちを大切に思い、盛り上げていこうとする人がたくさんいることに驚きました。
めぼしいアピールポイントがないといわれる与謝野町ですが、昔からの産業(織物、地酒、農業)や新しい産業(ホップ、町おこし)をはじめ地域にはたくさんの資源と魅力があふれているのも知りました。

その他

与謝野町は京都府北部の中心に位置しているので、食も職も与謝野町も含め近隣市まちの中からいいとこどりができると思います。
ただ、UターンにしてもIターンにしても、あくまでも移住者本人が自主的に地域に関わっていくことが大切であると実感しています。

小西さん

日本中で考えると、他にも「町」はたくさんある中で、なぜ与謝野町に移住しようと思われたのでしょうか?

結婚を機に与謝野町に移住をしました。夫は、大好きな魚釣りがしたくて北部勤務を希望し、既に与謝野町での暮らしを満喫しておりました。結婚前に何度か遊びに来ては、魚釣りをして、釣った魚を食べ、温泉に入りと、穏やかな時間を楽しんでおりました。海と山に囲まれた暮らしが訪れる度に好きになりました。

夫が一人暮らしをしていたアパートからの引っ越しを考え、地元の方にどこが良いかと聞いていたところ、「与謝野町は若い人が住みやすくて、よそから引っ越してきた人も入りやすい町やで。」と教えてもらいました。
良い物件にめぐり会うことができ、今では第二のふるさとのように、大家さんや周りの方々にとても良く面倒を見てもらっています。

移住してみて、良かった点は何でしょうか?

人と人とのつながりがとても温かいところです。助けてほしい時、困っている時にすぐに力になるよと手を差し伸べてくれる仲間ができたことが一番の安心感です。
また、今まで触れる機会がなかったシルク生地で洋服を作ることができるようになりました。雑巾でさえ縫う事に抵抗があった私が洋服を作れるようになれるなんて思ってもいないことで、家族も驚いています。
コ・クチュール(丹後地方で織られたシルクを使い、洋服を製作するグループ)との出逢いが、与謝野町での暮らしの楽しみの幅を大きく広げてくれました。

移住してみて、困っている点、不安な点は何でしょうか?

都会に比べて医療施設が十分に整っていないところに不安があります。北部医療センターが近くにありますが、脳出血など緊急の脳疾患に対応してもらえない点や産婦人科でのNICUが整っていない点です。

移住する前と現在とで、ご自身の中で与謝野町に対してイメージが変わった、認識が変わった点などはありますか?

移住前は色んなことが不便だろうなと思っていましたが、住んでみるととても豊かな暮らしができることに気がつきました。採れたての新鮮で安心できる野菜や、活きの良い魚、美味しいお米やお酒が身近にあふれています。旬のものに敏感になり、山々の色合いや海風から季節のうつろいを肌で感じることができます。旗音が子守唄のように心地よく、穏やかな時間をきざんでいます。シルク製品の肌触りの良さは、もはや手放せないものとなりました。
近隣市町村と手を携え、豊かな自然のめぐみや産業を大切にブランド化しようとする町民の方々の取組やイベントなども活発で楽しませてもらっています。

青木 博さん(かや山の家支配人、与謝野町移住・定住アンバサダー) 

日本中で考えると、他にもたくさんの市町がある中で、なぜ「与謝野町」に移住しようと思われたのでしょうか?また移住された時期はいつですか?

私は出身が与謝野町なのでUターンになります。
高校卒業後、大阪市内で就職し12年間暮らしました。戻ってきたのは30歳の時で2014年だったと思います。第一子が生まれるタイミングだったので、子育ての環境を考えての移住でした。当時は(今も、かもしれませんが)都市部での保育園不足などが問題になっていました。両親が健在で子育てをサポートしてもらえるのも心強かったです。
また自分の就いていた飲食業の部分でも、高い家賃を払いながら細分化・専門化されていく都市部での業界の中で続けていく事に自信がありませんでした。

移住してみて、良かった点は何でしょうか?

夏は暑いけど朝夕は涼しかったり、山や水田の景色の移り変わりで四季を感じたり、夜はしっかりと暗かったり、自然の中で生活できるところ。2人の子供を自然の中で育てられるところです。

移住してみて、困っている点、不安な点は何でしょうか?

いまのところは特にないですが、Uターン直後は12年間離れていたので地域のコミュニティに溶け込むのに戸惑いました。幸い職場が実家の近くなので、お客様と従業員として、また色々な会の構成員として徐々にお互い認知できたのだと思います。

移住する前と現在とで、ご自身の中で「与謝野町」に対してイメージが変わった、認識が変わった点などはありますか?

移住前、UターンのUの部分は加悦町でしたが、帰って来たら合併して与謝野町になっていました(補足:与謝野町は、2006年の「平成の大合併」により旧加悦町・旧野田川町・旧岩滝町の3町が合併して誕生)。海のない山間の町から海のある町になっていました。
Uターン当初は旧野田川町の地域はまだしも旧岩滝町地域は隣町というイメージもありましたが、それも徐々に色々な関係性の中で統合されました。今は与謝野町在住という認識はしっかりとあります。

正直、出身地という以外は天橋立や伊根の舟屋と比べて特筆するもののない町というイメージでしたが、今は色々な志の高い方がたくさんいる完成されてない故の可能性がたくさんある町というイメージです。

その他

前の項でも書きましたが、まだ未完成で一言で表現できるようなカラーに染まっていないという町に、可能性と住みやすさを感じます。
これからも試行錯誤しながら未完成で住みやすい町であればと思います。

 

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